3-3.一緒にいることが、子どもを癒す(2020年 にじいろクレヨン)
津波の街だった石巻で子供たちの遊び場づくりを始めた「にじいろクレヨン」。一緒に遊ぶ、そばにいる、お話を聞く、そのような対等の関係性で一緒になって過ごすことで、子どもたちは癒されてきました。
津波の街だった石巻で子供たちの遊び場づくりを始めた「にじいろクレヨン」。一緒に遊ぶ、そばにいる、お話を聞く、そのような対等の関係性で一緒になって過ごすことで、子どもたちは癒されてきました。
東日本大震災で被災した石巻を面白い街に変えるため、ISHINOMAKI2.0の活動を始めた松村さん。夜な夜な集まっていたメンバーで、面白い街を作るためのアイデアを出し合いました。お金も、労力も、人脈も
東日本大震災で被災した石巻を面白い街に変えるため、ISHINOMAKI2.0の活動を始めた松村さん。震災後、津波で壊れた街の画像を発信していたら、いろいろな人からボランティアをしたいという相談がやって
東日本大震災を契機に、石巻を面白い街にしてしまおうという想いから、ISHINOMAKI2.0を始めた松村さん。仙台の大学の大学院修了後は、定職に就かず過ごしていました。そんなとき地震がやってきます。い
東日本大震災を契機に面白い街にリ・デザインしようという思いから、ISHINOMAKI2.0を始めた松村さん。石巻での小中学校時代は、自分の居場所がなくて不自由な思いをしていました。そこで、思い切って他
石巻生まれ、石巻育ちの松村さんが、災害を契機に面白い街にリ・デザインしようという思いから、ISHINOMAKI2.0の活動が始まりました。ISHINOMAKI2.0の「2.0」に込められた意味は、バー
津波の街だった石巻で子供たちの遊び場づくりを始めた「にじいろクレヨン」。9年間の活動の中で、印象に残っている子どもの姿と、ボランティアの学生について聞いてみました。
津波の街だった石巻で子供たちの遊び場づくりを始めた「にじいろクレヨン」。避難所での生活の中で、柴田さんは自分で解決のできることを見つけて行動しました。やがて、その行動が子どもの遊び場づくりへと広がって
津波の街だった石巻で、子供たちの遊び場づくりをスタートした「にじいろクレヨン」。地震が起きたとき、代表の柴田さんは消防団の一員として避難誘導に出動していました。そのさなか、振り返って海を見たら津波が視
津波の街だった石巻で子供たちの遊び場づくりをスタートした「にじいろクレヨン」。仮設から復興公営住宅に移り住んだ子供たちの「イマ」はどのような状態なのでしょうか。代表の柴田さんに、講座を担当する山崎がイ
津波の街だった石巻で子供たちの遊び場づくりをスタートした「にじいろクレヨン」。Part1-2、Part1-3は、代表の柴田さんに、講座を担当する山崎がインタビューをするかたちで進行してます。10年間年
10年を区切りにする予定で始めた活動でしたが、今後も活動を継続していくことを表明しています。次なる目標の「子ども中心のコミュニティ」とは何でしょうか。お話しをいただきました。
東日本大震災のあと、仮設住宅の支援や復興起業家の育成に10年間携わってきました。 現在は、現場で積み重ねてきた経験を「記録」として残し、次の世代へ伝える活動を続けています。 このサイトでは、復興ボランティア学の講座やフィールドワークの記録をまとめて公開しています。