4.ビジネスサークルで課題解決を実践(2013年ワカツク)
仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけるワカツクの渡辺さん。新設の大学でビジネスサークルを作りました。ところが最初の仕事は、学生の遊び程度企業の担当者は対価を払う気がなかったため破談になります。ところ
仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけるワカツクの渡辺さん。新設の大学でビジネスサークルを作りました。ところが最初の仕事は、学生の遊び程度企業の担当者は対価を払う気がなかったため破談になります。ところ
仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけるワカツクの渡辺さん。新設大学だったので、サークルもなければ、先輩もいません。そこで、自分たちでサークルを作り、部室を借りようとしたところ、事務局からは「前例がな
東日本大震災で災害ボランティアの活動を裏方として支えていた渡辺さん。大学進学の時期となって、新設の宮城大学へ一期生として入学しました。入学式の学長祝辞では「諸君、入学おめでとう。しかし、学ぶものがなく
東日本大震災を契機に面白い街にリ・デザインしようという想いから、ISHINOMAKI2.0の活動を始めた松村さん。日本のどこよりもまれな、学びの機会とチャンスがある町だと言っています。石巻には都会でも
東日本大震災で被災した石巻を面白い街に変えるため、ISHINOMAKI2.0の活動を始めた松村さん。石巻に魅力を感じて定住を望んでいる若者に、住居のあっせんに取り組みます。再開発の網の目からもれ、被災
東日本大震災で被災した石巻を面白い街に変えるため、ISHINOMAKI2.0の活動を始めた松村さん。災害ボランティアで石巻に来た若者の中には、石巻に魅力を感じて定住を望んでいる人たちもいます。しかし、
津波の街だった石巻で、子供たちの遊び場づくりを始めた「にじいろクレヨン」。 新型コロナで外出を制限された子どもたちの「遊びの危機」に対して、にじいろクレヨンは何ができるのでしょうか。
東日本大震災で被災した石巻を面白い街に変えるため、ISHINOMAKI2.0の活動を始めた松村さん。震災後の石巻で、ISHINOMAKI2.0は短期間でいろいろな活動を手がけてきました。これから面白い
東日本大震災で被災した石巻を面白い街に変えるため、ISHINOMAKI2.0の活動を始めた松村さん。あるとき、被災した空き店舗を自分たちで改修して「復興バー」という、面白ことが好きな人たちにたまり場を
東日本大震災で被災した石巻を面白い街に変えるため、ISHINOMAKI2.0の活動を始めた松村さん。震災後は生きるために、いままで疎遠だった街の人たちと話すようになりました。話しているうちに石巻には面
津波の街だった石巻で、子供たちの遊び場づくりを始めた「にじいろクレヨン」。 仮設住宅から復興住宅へ移り住んだ子どもたち。新しい住宅街の近くの公園には子どもの姿が見えません。にじいろクレヨンはどうやって
東日本大震災で被災した石巻を面白い街に変えるため、ISHINOMAKI2.0の活動を始めた松村さん。新しいことに次々と取り組むなかで、復興に足りないことがいろいろと見えてきました。そのような状況でもな
東日本大震災のあと、仮設住宅の支援や復興起業家の育成に10年間携わってきました。 現在は、現場で積み重ねてきた経験を「記録」として残し、次の世代へ伝える活動を続けています。 このサイトでは、復興ボランティア学の講座やフィールドワークの記録をまとめて公開しています。