3.大学を卒業し、間もなく被災地へ(2013年 石巻ふるさと復興協議会)
震災後に関西から石巻へ来て、仮設住宅の支援活動をしていた西本さん。東日本大震災の惨状をテレビで見て、さっそく神戸で募金活動を始めました。そして大学の卒業を待って、現地での災害支援活動に参加します。そこ
震災後に関西から石巻へ来て、仮設住宅の支援活動をしていた西本さん。東日本大震災の惨状をテレビで見て、さっそく神戸で募金活動を始めました。そして大学の卒業を待って、現地での災害支援活動に参加します。そこ
高知県出身で、震災後に関西から石巻へ来て仮設住宅の支援活動をしていた西本さん。大学では国際関係の勉強をしていました。誰にも縛られない自由な大学時代だからこそ、次々と新しい場所に飛び込んでいきました。そ
震災から2年間、仮設住宅で支援活動をしていた西本さん。東日本大震災は他人ごとではないと言っています。というのも、出身地の高知県は、近い将来、南海トラフ地震が起こるといわれているからです。地図を見るとわ
遊びを通して子どもの成長を見守っているプレーワーカーの廣川さん。子供の専門家として、だれもが子供時代に持っていた欲求について説明をしてくれました。子供が求める変化には2つの方向があるそうです。 その方
普段は仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけている渡辺さん。東日本大震災では裏方として、行政とNPOや、ボランティアと現地のニーズをつなぐ仲介役もしていました。最後に、被災地の自立のために、遠い課題を
東日本大震災でボランティアの活動を裏方として支えていた渡辺一馬さん。新しい団体「ワカツク」を設立し、次の災害に備えて人材育成事業を再始動します。復興の現場で若者が成長するような機会を数多くつくるために
普段は仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけている渡辺さん。東日本大震災では仲介役として、地域外のボランティアと現地のニーズをつなぐ役割もしていました。多くの団体や個人のボランティアを現地に送り込むな
普段は仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけている渡辺さん。東日本大震災でボランティアの活動を裏方として支えていました。県庁ではゴールデンウィークになっても、避難所の実態を把握し切れていません。腰の重
仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけている渡辺さん。東日本大震災でボランティアの活動を裏方として支えていました。県庁で行われていた会議では、この緊急事態においても前例に囚われる役人を尻目に、国連の支
仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけるワカツクの渡辺さん。新たに初めて人材育成事業が回り始めたところで、東日本大震災が起こります。自宅は全壊したため、県南の実家へ避難します。翌週には県庁の会議に紛れ
仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけるワカツクの渡辺さん。所属先のない恐怖から、気軽に会社を設立したものの、借金と赤字に苦しんでいました。そこで原点に返り、9歳の時の夢を実現するため、課題解決のでき
仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけるワカツクの渡辺さん。ビジネスサークルの活動に没頭して、充実した学生生活を送っていました。しかし、サークルの仲間が就職活動をしているのを目にしていながらも、大学在
東日本大震災のあと、仮設住宅の支援や復興起業家の育成に10年間携わってきました。 現在は、現場で積み重ねてきた経験を「記録」として残し、次の世代へ伝える活動を続けています。 このサイトでは、復興ボランティア学の講座やフィールドワークの記録をまとめて公開しています。