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2013年5月21日 ワカツク 渡辺一馬 Part9
普段は仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけている渡辺さん。東日本大震災でボランティアの活動を裏方として支えていました。県庁ではゴールデンウィークになっても、避難所の実態を把握し切れていません。腰の重い行政に代わって民間が避難所の実態把握に動き出しました。当時「つなプロ」と呼ばれていた、避難所のアセスメントをするプロジェクトの現地コーディネイトを始めます。
行政が把握しきれない避難所の実態を民間で補う
裏方としてやったもう一個の大きい仕事は、全国から学生さんに来ていただいて、避難所のアセスメントをするという、これまた地元には大迷惑なプロジェクトをやりました。
当時ご批判もいっぱい受けました。避難所に学生が3人組みで行って、「おたくの所に何人の人が避難をされていて、食料はどれぐらいあって、日に何回食べられていて、困っている方とかはいますか」ということだけを聞く。
聞くと、「じゃあ、おまえは物を持ってきているのか。食べ物を。そんな聞くのはいいから、早く食べ物とかせっけんを持ってこい」と言われたけど、何も持って行かなかったのです。僕らはそういうのは持っていなかったので。ただ、調べないと分からないはずだから。非常に怒られながらこの活動をしていきました。
まとめたものを毎週毎週、集計しまして、調べた避難所で「日にどれぐらいご飯を食べられています」とか「こういう弱者がいて、満足なケアが受けられていません」というまとめのレポートを出して、先ほどの県庁でやっているような大きい会議に出しました。
恐ろしいことですが、ゴールデンウィーク期間ぐらいになっても、県庁では避難所でどういうことが起きているかを全体として調査できていませんでした。やっていたことというのは、「多分これぐらいの人が避難しているはずだから、その人が食うに足りるだけのパンとおにぎりを準備しているので、足りているはずです」という話でした。
確かに量は足りていましたが、皆さん知っていると思いますけど、3食おかず付きで食べられた避難所もあれば、食べられなかった所も、5月になっても6月になってもありました。そういうのを僕たちは埋めようと思って、こんな活動をしていました。
被災地の経済再生のお手伝い
裏方としてほかにもやりました。ミュージックセキュリティーズという会社さんと組んで、地元の被災した事業者さんの、事業再開のための小口のファンドを作ることのお手伝いもしました。今ホームページを見ていないので分からないですけど、多分十数億集まって、2,000万とか500万とか8,000万というかたちで、いろいろな会社さんの復活のためにお使いいただいているはずです。そ
ういうのを、東京でファンド屋さんがやりたいと言っても、宮城側でそれを一緒に手伝ってくれる人たちがいなかったからできなかったのを、ちょっとお手伝いして、避難所とかで何かやっている事業主さんにお話しをして、「ファンドというところが小口ファンドを作るんですけど」というのを、僕たちがコーディネートをして作ることをお手伝いしました。
ちょっと想像していただければ分かると思うのですが、田舎に「ファンド」という言葉で言ったら、のっとられると思うんです。もう短絡ですから。「そうじゃないんだよ」というご説明をして、「こういう仕組みでこうだから大丈夫ですよ」というのを、もともと知っている私たちが顔をつないでやったからできたことでした。
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