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2013年5月28日 ISHINOMAKI2.0 松村豪太 Part2
石巻で生まれ育った松村さんが、災害を契機に面白い街にリ・デザインしようという想いから、ISHINOMAKI2.0の活動が始まりました。ISHINOMAKI2.0の「2.0」に込められた意味は、バージョンアップと双方向性ということです。震災後の街で、誰もが生きるためにアイデアや情報を発信していた経験から、新しい関係性づくり、まちづくりが始まりました。
「2.0」には2つの想いを込めている
もし、説明するとすれば、地域にあるもともとあったもの、津波によってもたらされた課題や資源を丁寧に拾い上げながら、面白さを重視しながらソリューション、「解」を提示しているのが、われわれのやっていることだと思います。
「ISHINOMAKI2.0」と、チームの名前を付けさせていただいているのですが。よく「2.0って何?」と聞かれます。2つの想いを込めています。一つが、バージョンアップです。
皆さんもMACなりWindowsなり、PCを持っていると思いますけれども、OSとかアプリケーションに付いているバージョンです。バージョン1.1とか1.2とか。そういうふうに元の町、つまり1.0には絶対戻したくない。バージョンアップした、より素晴らしい町をつくりたいという思いで活動しています。
もう一つが、Web2.0というちょっと古い、はやったのは少し昔の概念ですけれども、そこからとっています。「Web2.0」という言葉を聞いたことがある人、手を挙げてもらっていいですか。何名かいらっしゃいましたね。結構前、もう5~6年以上前ですかね。それまでのインターネットの世界というのが、HTML言語、何かよく分からないタグとかを使って、書ける人だけがホームページを作れて、情報発信できていた状態でした。
それを仮にWeb1.0とするのであれば、今皆さんも使っているLINEだったり、Facebookだったり、Twitterだったり、あるいは2ちゃんねるみたいな掲示板、ウィキペディアみたいなWiki。そういうふうに、みんなが簡単に書き込んで、情報発信できる状態になっていると思います。
情報の送り手と受け手が分離されていた状態から、それが融合した状態。それを指して、Web2.0と言っていた向きがありました。そこからわれわれは「双方向性」をキーワードにして、このISHINOMAKI2.0に引いてきています。
つまり、それまで僕が嫌いだった石巻は、何か情報の送り手が一方的だったんです。一部の人だけが物事を決めていた。大してつまらないアイデアがたくさん出てきて、「何でこんなことにお金を使うんだよ」ということばかりです。いつの間にか、よく分からない人たちが決めていました。
震災以前よりも人と人との距離が近くなった
それが震災後、被災した方(この中にも大変な状態になっている方もいらっしゃると思います)は経験したかもしれませんが、石巻という町は、震災以前よりも、津波によってコミュニティー、人と人との距離が近くなったのです。
話さなければ生きられなかったから。あいさつして、「元気ですか」って声を掛けて、「あっちのほうでちょっと水を配っていますよ」とみんなで声を掛けあっていました。そういうふうに、みんなが発信する状態になっていました。アイデアも恥ずかしがらないで、みんなが言っていました。「こういう並び方をすると効率的なんじゃないですか」とか「こういうふうに毎日集まりましょうよ」というふうに、みんながアイデアを出していました。
みんながアイデアや想いを口にできる状態という、双方向な関係が素晴らしいなと思いました。ですから震災後にも双方向性といった関係を生かしながら、復興・まちづくりをしたいという思いで、ISHINOMAKI2.0と名付けています。
これは自慢です。2012年度、Gマークというのがよくいろいろな所で、見たことあるかもしれません。実はこの「石巻VOICE」というフリーペーパー。そして、まちづくり団体であるISHINOMAKI2.0という存在。そして、姉妹プロジェクトで「石巻工房」というものづくり拠点があります。ベスト100というぐらいですから、100しか受賞できないのですが、そのベスト100中3つが、このわれわれの関係団体が受賞することができました。さらに、日本デザイン振興会会長賞という特別賞も頂きました。自慢です。
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