6.始まりはバウさんの一言だった
東日本大震災から1カ月後に石巻で活動を始めた関西出身の吉澤さん。石巻の仮設住宅でカーシェアリングの活動を始めたきっかけは、山田バウさんからの一言でした。カーシェアリングを始めるには車が必要です。そこで
現場の記録と支援のリアルを伝えるカテゴリーです。
東日本大震災から1カ月後に石巻で活動を始めた関西出身の吉澤さん。石巻の仮設住宅でカーシェアリングの活動を始めたきっかけは、山田バウさんからの一言でした。カーシェアリングを始めるには車が必要です。そこで
東日本大震災後の石巻でカーシェアリングの活動を始めた関西出身の吉澤さん。震災後の1カ月間は福島で、次々とプロジェクトを立ち上げ、現地の人に手渡してきました。なぜそんなアグレッシブな活動ができたのでしょ
東日本大震災後の石巻でカーシェアリングの活動を始めた関西出身の吉澤さん。震災後の1カ月間は福島で支援活動をしていました。わずかの期間で、次々とプロジェクトを立ち上げ、現地の人や若者たちに渡しながら、被
東日本大震災の被害を受けた石巻で、カーシェアリングの活動を始めた関西出身の吉澤さん。はじめに手がけたのは福島の子供を助ける「赤ちゃん引っ越しプロジェクト」でした。つぎに避難所で「みんなの台所プロジェク
東日本大震災の被害を受けた石巻で、カーシェアリングの活動を始めた関西出身の吉澤さん。3月11日は出張で九州の島原に向かう船の中にいました。フェリーの中で東日本大震災のニュースを聞くとすぐに「動く」こと
東日本大震災から数カ月後から、石巻でカーシェアリングの展開を始めた関西出身の吉澤さん。みんなから「タケさん」と呼ばれ、親しまれています。タケさんが1つだけ自信を持っていることは「動く」ということ。この
東日本大震災を伝えることは震災だけの問題ではありません。地域の未来を考える、仕事の意味を考える、そうしたとき「震災」を思い起こすことによって、何かが変わるはずです。隣人、地域への共感と想像力を持って行
東日本大震災のような非常な局面では、人は自分の在り方を見つめ直すことになります。河北新報は「普通に生きる」人たちが、震災という局面の中で仕事の意味と向きあい、発した言葉を記録しています。武田さん自身も
東日本大震災後の被災地で数年を過ごしたということは、たとえその場所を離れたとしても、この先「震災」とともに生きていくことになります。しかし、震災復興を知ることは、自分の日常を正面から見つめることにつな
東日本大震災でも、原発事故でも、沖縄の基地問題でも、私たちが向き合うべき課題は、地域で普通に生きている人たちの視点から発せられています。被災地にいる私たちは「普通に生きる」人たちを大切にするという意識
東日本大震災後の石巻に地域包括支援センターがオープンしました。被災地で始まった取り組みですが、それを軌道に乗せることで、同じ構造を抱えた地域の課題解決につながります。このような、日本の課題を先取りする
東日本大震災では格差の放置されたところに大きな被害が集中しました。武田さんは水俣病救済で尽力した原田医師の「公害が起きて差別が生まれるのではない、差別のあるところに公害が起きる」という言葉を借りて指摘
東日本大震災のあと、仮設住宅の支援や復興起業家の育成に10年間携わってきました。 現在は、現場で積み重ねてきた経験を「記録」として残し、次の世代へ伝える活動を続けています。 このサイトでは、復興ボランティア学の講座やフィールドワークの記録をまとめて公開しています。