もくじ
2013年8月3日 河北新報 武田真一 Part6
東日本大震災では格差の放置されたところに大きな被害が集中しました。武田さんは水俣病救済で尽力した原田医師の「公害が起きて差別が生まれるのではない、差別のあるところに公害が起きる」という言葉を借りて指摘しています。
差別のあるところに公害が起きる
昨年(2012年)の6月に水俣病救済で尽力された医師の原田正純さんという方が亡くなりした。その原田さんは、何と言ったか。非常に印象に残っているのが「公害が起きて差別が生まれるのではない、差別のあるところに公害が起きる」という言葉です。
もともと支配の構造があったり、格差の構造があったりした所に、悲惨な出来事、社会のひずみが現れる。そういうことを、原田さんは見通していた、喝破していた。その言葉が意味するところと同じことを、私は震災で感じました。
人為的な公害の水俣病と自然災害である震災を一緒に考えるのは無理がありますが、中央から離れた「地方の中の地方」、格差が放置されたところに大きな被害が集中したということは、やはり決して見逃してはいけません。
例えばそれは、福島第一原発の事故の構造を考えば、よりはっきりします。「差別があるところに公害が起きる」という原田さんの言葉に当てはめると、「格差が放置された所、支配の構図、犠牲の構図が固定した所で、災害や事故の影響は深刻になる」。その構造そのものに、我々は目を凝らして、問い直していかなければいけないのでしょう。
同じ境遇にある地域を「忘れない」
そうやって整理して考えてみると、被災地の復興、復旧というのは、被災地に限ったテーマではなくなるということです。言わずもがなですけれども、同じような構造を抱える東北、それから全国の「地方の中の地方」の問題に、被災地復興の話というのは、そのままつながっていく、直結するということです。
被災地で未来の希望につながること、解決の道筋になることが、一つでも軌道に乗った場合、同じ構造を抱える全国の地方、地域の未来に光が当たることになります。
地方と限定して言いましたが、高齢化などという話は実は首都圏の古い団地のような所では、ここよりも早く猛スピードで起きていて、そこのコミュニティをどうするか、などという課題に、被災地の未来は通じていくということです。
先ほど言った「わがこと意識」、自分のこととして、震災復興をきちんと捉えましょうということ、「忘れない」ということの視点が、ここで求められているのです。「被災地を忘れない」ということは、同じ境遇にある地域や人々のことを「忘れない」ということと、そのまま同じである。震災への関与、関心を持つということは、それだけ普遍性を持った事柄であるということを、確認すべきだと思います。
コメント