4.やれることがあるから大丈夫(2013年 め組JAPAN)
東日本大震災の被害を見て、災害ボランティアの経験もないのに、会社を辞めて被災地へ飛び込んだ河野さん。ボランティア初めて、資格もない、特技もない、それで大丈夫ですかと連絡をしたら、「やれることがあるから
東日本大震災の被害を見て、災害ボランティアの経験もないのに、会社を辞めて被災地へ飛び込んだ河野さん。ボランティア初めて、資格もない、特技もない、それで大丈夫ですかと連絡をしたら、「やれることがあるから
マン」という人のメルマガで出会った言葉に突き動かされて、埼玉の支援物資の集積所でボランティアを始めます。それでも現地へ行きたい衝動を抑え切れず、上司の制止を振り切って被災地ボランティアへ飛び込みます。
災害ボランティアの経験もないのに、会社を辞めて東日本大震災の被災地へ飛び込んだ河野さん。当時、埼玉県で働いていましたが、東日本大震災後は出社してもやることがなく、ただ先行きに不安な気持ちを抱いていまし
東日本大震災後、石巻へ派遣され災害復興活動に従事したピースボートの小林さん。東日本大震災で最も多くのボランティアが、石巻を目指して集まったのは、安全に寝泊まりできる環境があったからだそうです。なぜそん
ピースボートの職員として地球を何周もしている小林さん。東日本大震災後、石巻へ派遣され災害復興活動に従事してきました。石巻から世界に発信するボランティアというテーマでお話しを頂きました。講座の冒頭で「大
震災後、関西から石巻へ来て、仮設住宅の支援活動をしていた西本さん。石巻ふるさと復興協議会では、コミュニティ形成支援の他にも、生活不活発病の予防活動にも携わります。狭い仮設住宅に引きこもりがちで、運動の
大学を卒業して間もなく被災地で支援活動をしていた西本さん。避難所の聞き取り活動の次は、石巻の避難所でリーダーの人たちのお手伝いをすることになりました。避難所本部の人たちでは手が回らなかった、支援物資の
震災後に関西から石巻へ来て、仮設住宅の支援活動をしていた西本さん。東日本大震災の惨状をテレビで見て、さっそく神戸で募金活動を始めました。そして大学の卒業を待って、現地での災害支援活動に参加します。そこ
震災から2年間、仮設住宅で支援活動をしていた西本さん。東日本大震災は他人ごとではないと言っています。というのも、出身地の高知県は、近い将来、南海トラフ地震が起こるといわれているからです。地図を見るとわ
仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけている渡辺さん。東日本大震災でボランティアの活動を裏方として支えていました。県庁で行われていた会議では、この緊急事態においても前例に囚われる役人を尻目に、国連の支
仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけるワカツクの渡辺さん。新たに初めて人材育成事業が回り始めたところで、東日本大震災が起こります。自宅は全壊したため、県南の実家へ避難します。翌週には県庁の会議に紛れ
東日本大震災を契機に面白い街にリ・デザインしようという想いから、ISHINOMAKI2.0の活動を始めた松村さん。日本のどこよりもまれな、学びの機会とチャンスがある町だと言っています。石巻には都会でも
東日本大震災のあと、仮設住宅の支援や復興起業家の育成に10年間携わってきました。 現在は、現場で積み重ねてきた経験を「記録」として残し、次の世代へ伝える活動を続けています。 このサイトでは、復興ボランティア学の講座やフィールドワークの記録をまとめて公開しています。