6.瞬発力に欠ける行政の支援(2013年移動支援Rera)
東日本大震災で一人のボランティアとしてReraに参加し、法人の代表にまでなった村島さん。民間のボランティア団体が、「移動」というライフラインを支えていることに疑問を感じて行政に相談しました。最低限、子
2013年の記録です
東日本大震災で一人のボランティアとしてReraに参加し、法人の代表にまでなった村島さん。民間のボランティア団体が、「移動」というライフラインを支えていることに疑問を感じて行政に相談しました。最低限、子
者の死亡率がとても高く、その事実が送迎の車の中で聞く利用者さんの話とダブります。災害が弱者の命から先に奪っていく一方で、防潮堤といったインフラ整備ばかりに莫大な資金をかけることに問題を感じています。防
東日本大震災で一人のボランティアとしてReraに参加し、法人の代表にまでなった村島さん。移動支援の現場から、地域が抱えている問題がありありと見えてきました。被災地は日本の未来を10年先取りをしていると
Reraの代表で、北海道出身の村島さん。実はReraの母体となったのは北海道のHOPという障害者支援団体でした。村島さんは縁あって活動に加わりましたが、現在の運営メンバーは主に地元出身者が中心となって
Reraの代表で、北海道出身の村島さん。大学ではロシア語を勉強していました。ところが就職はロシア語とは関係の無い児童館の指導員になります。仕事をするなかで自分のふがいなさを感じ、あるとき思い立って国内
東日本大震災被災したで移動支援活動をしている団体Reraの村島代表。最後にボランティアの意味について受講者に問いかけています。村島さんはあるとき気になって「ボランティア」という言葉を調べたことで、その
長尾さんは、プロジェクト結の理事長として、プロボノによる復興支援を続けてきました。その経験のなかで学んだ活動で大事なことは、自分たちの活動が社会にどんな影響を与えているのか常に考えることだと言っていま
んはプロジェクト結の理事長として、プロボノによる復興支援を続けてきました。その経験のなかで学んだ活動で大事なことは、自分たちの活動が社会にどんな影響を与えているのか常に考えることだと言っています。復興
長尾さんはプロジェクト結の理事長として、プロボノによる復興支援を続けてきました。活動を始めてから、2年半の間、柔軟な組織運営を続けるなかで、チームづくりで大事なことを学んできました。大切なことは「何の
長尾さんの呼びかけで集まったプロジェクト結のメンバーは、プロボノで構成されています。「やりたい人が、できることを、できるだけ」という柔軟な運営をしていますが、そのような組織運営にはデメリットもあります
長尾さんの呼びかけで集まったプロジェクト結は、本業のある人たちが運営に関与しているため、何をするにしても熟議によって意思決定をしています。支援活動についても、多様なメンバーが多様なスキルを持ち寄ってい
プロジェクト結は、多様なプロボノスタッフによって運営されています。被災地に常駐する現地班の他に、普段仕事を持っているメンバーが、チームに分かれて自分のできることを、できるだけの範囲で作業をしています。
東日本大震災のあと、仮設住宅の支援や復興起業家の育成に10年間携わってきました。 現在は、現場で積み重ねてきた経験を「記録」として残し、次の世代へ伝える活動を続けています。 このサイトでは、復興ボランティア学の講座やフィールドワークの記録をまとめて公開しています。