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2013年7月23日 移動支援Rera 村島弘子 Part9
Reraの代表で、北海道出身の村島さん。実はReraの母体となったのは北海道のHOPという障害者支援団体でした。村島さんは縁あって活動に加わりましたが、現在の運営メンバーは主に地元出身者が中心となっています。Reraは、地元に根付いて長期に活動を続けるため、母体のHOPから独立して任意団体からNPOになりました。
北海道の団体が母体となっています
私たちの団体の話をします。もともと札幌から来た、障害者支援の団体を母体とした団体でした。そこから、地元中心の団体として、独立したという形で、今のReraがあります。この写真に映っている、右でニコニコしているダンディな素敵な方が、母体団体HOPの代表の竹田です。彼は、筋ジストロフィーという難病を患っています。
筋ジストロフィーって、ご存知の方いらっしゃいますか。だんだん筋力っていうのが落ちていく。昔は、ほんとに余命は20歳とか、そういうことを言われている時代もあったようです。私は、竹田代表は、100歳まで生きると信じております。
そういう方が、とにかく自分にできる、大きな被災地の支援は、これが最後だと言って、かなり精力的に、私たちを支援してくれたことがベースになっています。今はまだ手が動くので、電動車イスを手元のコントローラーで動かしています。どんな人でも困らないで、行きたい場所に行ける町にしたいというのは、こういう実感や、自分の経験から出ている部分があるのかなって思います。私たちも実際に送迎しながら、そういう考えで関わっていきたいと思っています。
いまは地元の被災者がスタッフです
最初は震災の支援っていうかたちで入って、だけれども、今関わっているのは、その先の日常の支援になっていると感じています。だから私たちは、これからも長く活動を続けていく意思表示として、NPO法人という法人格っていうものを取得しました。
スタッフたちは、ほんとにみんな、ガチガチの被災者だったり、病気があったり、障害があったり、そういう人たちです。そういうメンバーとか、まわりを囲んでいる人たちを見ながら、支援って何だろうとか、できることって何だろうとか、そういうことを、けっこう考えることがあります。ほんとにそこに境目っていうものはあるのか、何か特殊なことができる人じゃないと支援はできないのかとか、そういうことを私はこの震災で考えながら、活動しています。とりあえず団体の紹介としては、以上になります。
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