8.私も子供たちに救われました(2013年にじいろクレヨン)
東日本大震災後、子供たちの心のケアをするため「にじいろクレヨン」の活動を始めた柴田さん。これまで2年間の活動を通して子供たちケアをしていたつもりが、その関わりの中で柴田さん自身も救われてきたのだといい
2013年の記録です
東日本大震災後、子供たちの心のケアをするため「にじいろクレヨン」の活動を始めた柴田さん。これまで2年間の活動を通して子供たちケアをしていたつもりが、その関わりの中で柴田さん自身も救われてきたのだといい
東日本大震災後、子供たちの心のケアをするため「にじいろクレヨン」の活動を始めた柴田さん。2年半にじいろクレヨンの活動を続けたことで、遊び場に来る子供たちは笑顔を見せるようになったばかりか、他人の話を聞
東日本大震災後、子供たちの心のケアをするため「にじいろクレヨン」の活動を始めた柴田さん。石巻には130の仮設住宅団地があって、にじいろクレヨンはその内の8団地で活動をしています。柴田さんは支援の届いて
東日本大震災後、子供たちの心のケアをするため「にじいろクレヨン」の活動を始めた柴田さん。震災は大人だけでなく、子供たちの心にも大きな影響を残しました。にじいろクレヨンは遊び場づくりという活動を通して、
東日本大震災後、子供たちの心のケアをするため「にじいろクレヨン」の活動を始めた柴田さん。活動に賛同する多くのボランティアの支援を受けて、子供の遊び場づくりは石巻や東松島の避難所へと広がっていきました。
東日本大震災後、子供たちの心のケアをするため「にじいろクレヨン」の活動を始めた柴田さん。避難所では子供たちが声を出すこと、体を動かすこと、親に甘えることなど、いろいろガマンを強いられる生活をしていまし
東日本大震災後、避難所での遊び場づくりをきっかけに「にじいろクレヨン」の活動を始めた柴田さん。震災の当日は消防団の活動で津波に遭遇し、命からがらに逃げのびて避難所へ。家族はみんな無事で安心したのも束の
東日本大震災の当日、消防団の活動中に津波に遭遇し、命からがらに避難した柴田さん。震災前は石巻で画家として活動しながら、子供たちにお絵かきを教えてもいました。避難所に入ってから、いろいろガマンをしている
学生時代のひきこもり経験を経て、東日本大震災後の石巻で教育系のNPOを立ち上げた門馬さん。被災した子供たちの姿を見てTEDICの活動を始めたことから、人生は激変しました。最後に、ひきこもり経験から学生
NPOを立ち上げた門馬さん。教員採用を蹴って、TEDICの活動に全てを賭けることに。学校が本来提供すべき機能は無償で提供するとの考えから、活動の柱である放課後教室は無償でおこなっています。教室に来る生
東日本大震災後の石巻で教育系のNPOを立ち上げた門馬さん。高校の非常勤講師をしながら、週末は石巻で教育支援活動をしていました。あるとき石巻で活動していたときに、一人の中学生から衝撃的な告白を聞きます。
東日本大震災後の石巻で教育系のNPOを立ち上げた門馬さん。東京では大学院生、週末は石巻へ通ってボランティアの日々が続きました。そんな状況でしたが、大学院の制度もあって、埼玉県の高校で教鞭をとることにな
東日本大震災のあと、仮設住宅の支援や復興起業家の育成に10年間携わってきました。 現在は、現場で積み重ねてきた経験を「記録」として残し、次の世代へ伝える活動を続けています。 このサイトでは、復興ボランティア学の講座やフィールドワークの記録をまとめて公開しています。