6.被災地でつくった日本一の卒業式(2013年 め組JAPAN)
東日本大震災の10日後に会社を辞め、ボランティア未経験ながら災害支援活動に参加した河野さん。河野さんが所属していため組JAPANは、石巻で最初に関わった湊小学校で、震災で流れた卒業式を実現するため、学
2013年の記録です
東日本大震災の10日後に会社を辞め、ボランティア未経験ながら災害支援活動に参加した河野さん。河野さんが所属していため組JAPANは、石巻で最初に関わった湊小学校で、震災で流れた卒業式を実現するため、学
東日本大震災の10日後に会社を辞めて、め組みJAPANの活動に飛び込んだ河野さん。現地で物資庫のリーダーになったものの、なぜか必要とされている物資が、動かないことに頭を抱えていました。 スタッフたちと
東日本大震災の被害を見て、災害ボランティアの経験もないのに、会社を辞めて被災地へ飛び込んだ河野さん。ボランティア初めて、資格もない、特技もない、それで大丈夫ですかと連絡をしたら、「やれることがあるから
マン」という人のメルマガで出会った言葉に突き動かされて、埼玉の支援物資の集積所でボランティアを始めます。それでも現地へ行きたい衝動を抑え切れず、上司の制止を振り切って被災地ボランティアへ飛び込みます。
災害ボランティアの経験もないのに、会社を辞めて東日本大震災の被災地へ飛び込んだ河野さん。当時、埼玉県で働いていましたが、東日本大震災後は出社してもやることがなく、ただ先行きに不安な気持ちを抱いていまし
東日本大震災の被害を見て、災害ボランティアの経験もないのに会社を辞め、被災地へ飛び込んだ河野さん。石巻では「め組JAPAN」という災害ボランティア団体でリーダーをしていました。河野さんは、被災地に来る
東日本大震災後、石巻へ派遣され災害復興活動に従事したピースボートの小林さん。復興とは人生の再構築の過程で、重要他者との出会いが重要な意味を持つそうです。復興に限らず、他者との出会いは人生を豊かにする方
東日本大震災後、石巻へ派遣され災害復興活動に従事したピースボートの小林さん。被災地には経験を残していく責任があると言っています。さらに、世界から見ると日本は防災先進国なので、被災地だけでなく震災で得た
東日本大震災後、石巻へ派遣され災害復興活動に従事したピースボートの小林さん。被災地にある唯一の大学で学ぶ学生たちへ、困難ばかりではなく、特別な人と出会えるチャンスもあるとメッセージを投げかけています。
東日本大震災後、石巻へ派遣され災害復興活動に従事したピースボートの小林さん。東日本大震災で最も多くのボランティアが、石巻を目指して集まったのは、安全に寝泊まりできる環境があったからだそうです。なぜそん
東日本大震災後、石巻へ派遣され災害復興活動に従事したピースボートの小林さん。ピースボートは国際交流だけでなく、人と人の出会いを通じて、スタッフが新しいプロジェクトを次々に立ち上げていくそうです。災害支
東日本大震災後、石巻へ派遣され災害復興活動に従事したピースボートの小林さん。ピースボートは人と人とのつながりから世界を見ることを得意としているそうです。小林さん自身も、スタッフとして旅を続ける中で、人
東日本大震災のあと、仮設住宅の支援や復興起業家の育成に10年間携わってきました。 現在は、現場で積み重ねてきた経験を「記録」として残し、次の世代へ伝える活動を続けています。 このサイトでは、復興ボランティア学の講座やフィールドワークの記録をまとめて公開しています。