4.臆病だからこそ災害から命を守ることができる
東日本大震災の災害ボランティアセンターで奮闘していた、石巻市社会福祉協議会の阿部由紀さん。いつ起こるか分からない災害から身を守るためには、普段から最悪の状態を想定して、臆病に行動することだと言っていま
東日本大震災の災害ボランティアセンターで奮闘していた、石巻市社会福祉協議会の阿部由紀さん。いつ起こるか分からない災害から身を守るためには、普段から最悪の状態を想定して、臆病に行動することだと言っていま
東日本大震災の災害ボランティアセンターで奮闘していた、石巻市社会福祉協議会の阿部由紀さん。ボランティアセンターのあった大学には、臨時の避難所もできていました。阿部さんは避難所の支援もしていて、食べ物の
東日本大震災の発災後間もなくから、石巻の大学敷地には災害ボランティアセンター開設されました。災害ボランティアセンターでは、被災者のニーズに合わせて、個人のボランティアを派遣していました。阿部さんは災害
震災後の石巻では人口が減少する反面、親子世帯の分離によって高齢者の生活保護が増えていること、石巻市の震災被害が岩手県並みに大きかったことを指摘しています。
東日本大震災後の石巻で災害ボランティアセンターを開設した石巻市社会福祉協議会。阿部由紀さんは、担当者として最前線で活躍していました。約4カ月寝る間を惜しんで泊まり込みでボランティアセンターの運営に関わ
東日本大震災によって多くの住民が車を失った石巻で、日本カーシェアリング協会を立ち上げた吉澤さん。誰も思いつかなかったコミュニティ型カーシェアリングのひな形を、被災地で作り上げました。なぜそんな斬新なこ
東日本大震災によって多くの住民が車を失った石巻で、カーシェアリングを展開している吉澤さん。次の展開として、電気自動車の利用実験を始めました。カーシェアに使うだけでなく、災害時の非常用電源として使う予定
東日本大震災によって多くの住民が車を失った石巻で、カーシェアリング活動を展開している吉澤さん。車をどんどん届けていく中で、活動も多様化していきました。しかし、本来の目的はあくまでも「ひな形」をつくるこ
東日本大震災によって多くの住民が車を失った石巻で、カーシェアリングを展開している吉澤さん。活動が広がるにつれて、大学生とのタイアップも始まりまりました。メインキャラクターのデザインや自動車の整備など、
東日本大震災によって多くの住民が車を失った石巻で、カーシェアリング活動を始めた吉澤さん。2カ月以上かけて行政との折衝を終えて、本格的にカーシェアリングの展開を始めます。やがて、カーシェアリングをしてい
東日本大震災によって多くの住民が車を失った石巻で、カーシェアリング活動を始めた吉澤さん。車の提供先が決まって、テスト的な取り組みが石巻の仮設住宅で始まりました。テストをしながら様々な取り決めを、警察や
東日本大震災によって多くの住民が車を失った石巻で、カーシェアリング活動を始めた吉澤さん。大阪での車集めは、ぽつぽつと成果がでてきました。次は手に入れた車の受け入れ先を探すことが課題です、そこで、石巻の
東日本大震災のあと、仮設住宅の支援や復興起業家の育成に10年間携わってきました。 現在は、現場で積み重ねてきた経験を「記録」として残し、次の世代へ伝える活動を続けています。 このサイトでは、復興ボランティア学の講座やフィールドワークの記録をまとめて公開しています。