6.たった2日間でガレキの山が片付いた
東日本大震災の石巻では山となって道をふさいでいたガレキでしたが、ボランティアの力によって、わずか2日間できれいになりました。そうした大きな力を発揮したボランティアは、災害ボランティアセンターと石巻復興
東日本大震災の石巻では山となって道をふさいでいたガレキでしたが、ボランティアの力によって、わずか2日間できれいになりました。そうした大きな力を発揮したボランティアは、災害ボランティアセンターと石巻復興
東日本大震災の石巻でNPOの連絡調整を担っていたい石巻災害復興支援協議会は、石巻専修大学から拠点を借りていました。大学の校舎を借りて活動していた協議会では、団体でやってくる大勢のボランティアを受け入れ
東日本大震災の災害復旧活動で、石巻災害復興支援協議会は、独自の活動を展開してたNPOの連絡調整機関として機能していただけでなく、災害ボランティアセンター、行政、自衛隊との連携も図っていました。
東日本大震災による石巻の被害は甚大なものでした。社会福祉協議会が立ち上げた「災害ボランティアセンター」からは、一般ボランティアを派遣して、被災者の家の中に押し寄せたガレキを、人力で除去していました。
東日本大震災の支援活動に参加する前は、ハイチ地震(2010年1月12日発災)の支援活動をしていた中川さん。海外とは違って、被災しても他者を思いやる日本人の姿勢に感動します。その感動が石巻での活動の支え
東日本大震災の支援物資を自分の手で配りたいからという理由で、京都から被災者へやってきた中川さん。当時、石巻専修大学で開催されていたNPOの連絡会議へ出席したことをきっかけに、石巻での支援活動を始めるこ
2013年当時の「復興ボランティア学」は、講座の終了後に山崎ゼミの学生が、講師インタビューをしていました。以下は、2013年4月23日復興ボランティア学第1回目に登壇した、一般社団法人みらいサポート
「みらいサポート石巻」専務理事中川政治さん東日本大震災の復興支援活動の記録を残すため、2013年に始まった「復興ボランティア学」第1回です。数ある復興支援団体の中で最先鋒で登壇したのは、みら
東日本大震災のあと、仮設住宅の支援や復興起業家の育成に10年間携わってきました。 現在は、現場で積み重ねてきた経験を「記録」として残し、次の世代へ伝える活動を続けています。 このサイトでは、復興ボランティア学の講座やフィールドワークの記録をまとめて公開しています。