5.大勢のボランティアをNPOへ配分していました

みらいサポート石巻

2013年4月23日 みらいサポート石巻 中川政治 Part5

東日本大震災の石巻でNPOの連絡調整を担っていたい石巻災害復興支援協議会は、石巻専修大学から拠点を借りていました。大学の校舎を借りて活動していた協議会では、団体でやってくる大勢のボランティアを受け入れ、NPOへ配分していました。

団体ボランティアを振り分ける

あと泥出しの部分がやっぱり大きいんですけど、その調整会を毎回毎晩やっておりました。例えば今週末にボランティアさんが1,000人来ますと。ボランティアバスが何10台来ますと。じゃあどうしますかといったときに、例えばピースボートさん何人よろしくね、め組ジャパンさん1台分よろしくね、アモール石巻さん3台分よろしくねとかいって分担する。

こういう社協さんに来るボランティアと、こちらで根付いてボランティア活動をしていた団体さんが引き受けることによって、すごく大きな活動ができたというのが今回の成果だったと思います。

自衛隊や行政とNPOの間に立って調整をしていました

石巻市と自衛隊の関係というのは、自衛隊とボランティアが連携して活動するというのはあまりないんですけど、専修大学さんの部屋に、自衛隊の方がわざわざボランティアってどういう活動してるの、教えてってきました。自衛隊がボランティアに教えを請いに来るっていうのはすごい珍しい図だと思います。

災害対策本部っていうところに出て、NPOとかボランティアが今何人、どこそこの地域で活動してますよっていうのを、市長さんや部長さんがいるところで報告をしたりしていました。これは市のお弁当の物資配布してるところです。こういった情報を僕らに共有してもらって、お弁当が何食いってるんだとか、あっちはボランティアの炊き出しがあるとか、そういう情報を共有していました。

石巻専修大学の協力あっての支援活動でした

石巻専修大学からサポートです。すごくありがたいことに、ボランティアがキャンパスにテントを張ることを許してくれたことは英断だと思います。これものすごく大きかったです。私たちは拠点がなかったので、これができたことによってボランティアに行き先ができました。

東京だったり関西のボランティアさんも、とりあえず石巻専修大に行けば泊るところあるらしいよ、場所があるらしいよというこで、初期のうちに石巻へと集まるきっかけになりました。

あるいは倉庫用に大きなテントも置かせていただきました。このエリアに置くようになったのにも、紆余曲折があったと聞いています。実はここに建てちゃいけなかったんですけど、何やかんやと勢いで立ててしまったそうです。それでも何も文句も言われずに、ずっと使わせていただきました。

この中に野球部の方いらっしゃいますか。いたら一言謝らなきゃと思ってたんですけど、何と野球部さんの屋内練習場をずっと占有させていただきまして、NPOさんとか、社協さんが使う物資の倉庫として使わせていただきました。その間、野球部の方は天候が悪かったら練習ができないというような状況だったんですけれども、本当に専修大学さんのサポートのおかげで、ボランティア、NPOが活動できました。

あとは他にも部屋を貸していただいて、合計3室も使わせていただいてました。毎晩NPO、ボランティアが情報共有をするような場所を提供してくださいました。

やっさん

東日本大震災の仮設住宅支援、復興起業家育成に関わってきました。大学では、震災復興を考える講座やワークショップを実施しています。ここでは、復興ボランティア学講座の記録をまてめて、公開しています。

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やっさん

東日本大震災の仮設住宅支援や復興起業家育成に10年間携わってきました。現在は震災復興に関する講座やワークショップを実施しています。ここでは、復興ボランティア学講座の記録をまとめて公開しています。

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