〈2011年調査・後編〉東日本大震災・石巻、仮設住宅の「見えない問題」と地域づくりの未来

復興を考える

東日本大震災・石巻の仮設住宅で浮かび上がった“もう一つの課題”

南境地区で行われた実態調査は、住まいを整えるための「モノの器」がどれだけ不足していたかを明らかにしました。しかし、調査票の自由記述や、玄関先での短い会話を読み返していくと、それだけでは説明できない負担が広がっていたことが見えてきます。隣人の名前がわからず、声をかけるきっかけがつかみにくいこと。生活の不便さが重なり、小さな行き違いが不安に変わっていくこと。そのような「生活の奥行き」は、数字の表に出ない部分に集まっていました。
ここから、仮設住宅が抱えていた「見えない問題」をひもとき、地元大学の山崎ゼミの学生たちがなぜ3つのプロジェクト班を立ち上げ、どのように行動へ踏み出したのかを探っていきます。

👉 〈前編〉東日本大震災・石巻の仮設住宅で始まった“生活再建”の記録

被害日本大震災・石巻の仮設住宅の生活に欠けていた「3つの器」

仮設住宅の生活を支える器とは何か

仮設住宅の課題を整理するとき、まず向き合うべき言葉があります。それが「器」という概念です。器と聞くと、住宅や生活家電といった「モノの器」だけを思い浮かべるかもしれません。しかし、人が安心して暮らすためには、モノの器のほかに、隣人と自然に挨拶を交わせる「関係の器」、ここで生きていけると感じられる「心の器」が必要になります。この3つの器が重なり合うことで、ようやく生活は立ち上がります。

震災後の石巻で急いでつくられた仮設住宅には、そのうち二つの器――「関係」と「心」――が欠けていました。調査で見えたのは、高齢化の進んだ小規模世帯が知らない土地に集められ、誰が隣に住んでいるか分からないまま不安を抱えて暮らしている姿でした。表札が欲しいという声の背景には、住民同士の関係が見えないことへの不安の現れだったのでしょう。

生活不安が折り重なる仮設住宅の「複合構造」

収入の問題は、生活の器をさらに揺らしていました。世帯主の多くが震災後に働く場を失い、年金だけに頼らざるを得なくなっていました。被災前は持ち家で暮らしていた人々が、一瞬で生活の基盤を失ったのです。仮設住宅に住み替えた後は、収納家具の不足や夏の暑さへの対策など、生活の立ち上げに必要な出費が積み重なりました。モノの器を整えることだけでも大きな負担でした。

そこへ、交流機会の少なさが追い打ちをかけます。「挨拶程度」の関係や、同じ住宅団地に住んでいても他の住人を「ほとんど知らない」という声も珍しくありませんでした。壁一枚隔てた生活でありながら、心は届かない。その距離が、生活の小さなトラブルを過剰な不安へと変えていきました。ごみ出しのルールが守られていない、知らない車が自分の家の前に停めてある。表面上は些細なことでも、心の器が弱った状態では、生活を揺さぶる深刻な問題へとなっていったのです。

働くほど孤立する「逆転現象」

仮設住宅では、生活を立て直すために働きに出る人ほど、コミュニティから遠ざかるという逆転現象も生まれていました。昼間は家を空けるため、交流会の情報が届かず、気づけばご近所の様子から取り残されていきました。自立のための努力が、かえって孤立を招いてしまうという矛盾が、この時期の仮設住宅にはありました。

子育て世帯も大きな負担を抱えていました。遊び場が少なく、同年代の子どもが周囲にいないため、家の中で遊ぶ時間が自然と増えていきました。学校への通学には毎日の送迎が必要で、働く親にとっては時間的にも精神的にも重い負担となっていました。「歩いて行ける場所に学校がない」「子どもだけで通わせられない」。そんな声が住民の胸の内に積み重なっていました。

壊れた器が生む「静かな危険」

こうした生活の断片を積み重ねていくと、仮設住宅はモノの器だけが整い、関係と心の器が欠けた状態のまま、暮らしが始まった場所だったことが分かります。この不均衡は時間とともに住民の心を弱らせ、孤立の影を深く落としていきました。調査後に実際に起きてしまった痛ましい事件は、この見えない危険が決して抽象的な話ではなかったことを教えています。

石巻の復興現場に学ぶ「問題を動く形に変える技術」

問題を「ほぐす」ことで前に進めるようにした学生たち

調査で見えてきたのは、高齢化や収入の不安、移動の困難、人間関係の薄さ、子育ての負担といった、どれも重く絡み合った現実でした。何から手をつければいいか分からないほどの複雑さでしたが、学生たちは立ち尽くすのではなく、まずこの複雑な現実を三つの視点に整理していきました。交流の場を育てる取り組み、買い物の不便を移動の課題として捉え直す工夫、仕事をつくって収入の不安を減らす仕掛け。どれも大きな問題を「動かせる大きさ」にほぐす作業から始まっていました。

この姿勢には、災害後の地域づくりにおいて欠かせない考え方が宿っています。複雑な問題ほど、一つのまま抱え込むと誰も動けなくなる。けれど、具体的なテーマとして切り出し、動ける単位に整えると、たとえ小さくても前へ進む力が生まれるのです。

「ご近所さん」という根っこの姿勢が支援の形を変えた

学生たちの行動の中心には、自分たちはこの土地の「ご近所さん」であり、仮設住宅に住む人々は長年大学を見守ってきた地域の人だという感覚がありました。助ける側と助けられる側という上下の関係ではなく、同じ街に生きる仲間として向き合う姿勢です。山崎先生は、「大学が近くにあったおかげで良い生活ができたと言ってもらいたい」という決意を語り、学生たちもその思いを引き継ぎながら住民と向き合いました。
この姿勢は、支援が押しつけにならず、住民の力を引き出す支え方へと変わる大きなポイントでした。「やってあげる支援」ではなく、「一緒に暮らしを整える仲間」として動くこと。災害という特別な場面であっても、日常の地域づくりと変わらない根っこの姿勢が必要なのだと学生たちは学んでいました。

収入と居場所がそろうと、人は安心して前へ進めるようになる

調査の数字が示していたのは、住民の生活に欠けていたのはお金だけではないという事実でした。本当に必要だったのは、収入だけでなく、地域の中で役割を持ち、顔を合わせられる「居場所」も同時にあることでした。
収入対策班が目指した「主婦パワーを生かした仕事づくり」は、単にお金を得る仕組みではありませんでした。仕事を通じて「自分にも役に立てる場所がある」と感じることができ、そこから誰かとつながれる機会が生まれます。その積み重ねが心の器を満たしていくプロセスにつながり、「ここで暮らしていける」という安心が育つのです。コミュニティ・子ども班の活動も、同じように“居場所を育てる力”を持っていました。
収入と居場所のどちらかだけでは、心は支えきれません。両方がそろうことで人は元気を取り戻し、暮らしを立て直す力が湧いてくる。学生たちはこの重要な関係性を、現場での対話と行動を通して理解していきました。

東日本大震災・石巻の記録が問いかける「日常に戻る復興」

壁の向こうに潜む“見えない危険”をどう減らすのか

調査のあと、南境地区では、殺人や自殺といった、心を痛める事件が相次ぎました。一見静かに見える仮設住宅の中で、孤独や不安が長く積み重なった結果でした。モノの器だけが整った状態は、人の生活を守るには不十分だったという証明でもあります。関係の器と心の器が欠けた場所は、目には見えない危険がゆっくりと育ってしまう。これが、災害後の地域で最も気をつけなければいけない点だと、この記録は伝えています。

自分たちで動き始めると、復興は初めて前へ進み出す

仮設住宅では、自治会が動き始めたときから空気が変わりました。清掃やルールづくり、ゴミ出しの調整といった、どれも小さな行動ですが、「誰かがやってくれる」のではなく「自分たちの場所を自分たちでよくする」という意識が育ち始めた瞬間でした。この変化こそが、本当の意味での復興の出発点だったのかもしれません。支援とは、住民が動き出すための小さなきっかけをつくること。その姿勢が次の地域づくりを支える土台にもなります。

未来の災害に備えるために、いま育てるべき「日常の器」

南境の記録が教えてくれるのは、住まいとは単なる建物ではなく、モノの器・関係の器・心の器がそろって初めて「生活」になるという事実です。災害はこの3つを一度に壊してしまいます。だからこそ、次の復興では物の器を整えるだけでなく、関係と心の器まで同時に作り直す必要があるのです。
そのために必要なのは、特別な支援ではありません。日常の挨拶、小さな声かけ、困りごとを気軽に相談できる関係、地域での小さな集まり。こうした“普段の習慣”が、災害が来たときに命を守る力になります。石巻の調査は、災害時だけ頑張るのではなく、災害の前から「つながりの器」を育てることが、未来を守る最も確かな方法だと教えてくれます。

私たちが次につくる「器」はどんな姿だろうか

この記録は問いかけています。あなたの地域では、モノの器・関係の器・心の器のどれが育ち、どれがまだ空っぽのままなのか。そして、自分自身はどんな器を育てる一歩を踏み出せるのか。
復興とは、災害から立ち直るための特別な時間ではなく、日常をどう育て直すかという問いです。石巻の仮設住宅で学生たちが見つめたその姿勢は、2025年のいまを生きる私たちにこそ必要な視点でもあります。

私たちはどんな器を未来に手渡していくのでしょうか。その答えをつくる旅は、今日の暮らしの中から静かに始まっています。

東日本大震災の仮設住宅支援、復興起業家育成に関わってきました。大学では、震災復興を考える講座やワークショップを実施しています。ここでは、復興ボランティア学講座の記録をまてめて、公開しています。

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