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2013年7月13日 め組JAPAN 河野心太郎 Part7
東日本大震災の10日後に会社を辞め、め組JAPANの災害支援活動に参加した河野さん。素人だらけのボランティアチームでしたが、「一人でも多くの人の心の中に希望の明かりをともす」という団体の理念を実現するため、常に被災者のにより沿って行動することを心がけていました。何よりも、笑顔や笑いが被災者や支援者の力になると考えて、心からの笑顔で支援活動を続けていました。
必要だなって感じたことを、真っ先に実行していました。
め組JAPANは、一人でも多くの人の心の中に希望の明かりをともすことをテーマとしていました。これまで、たくさん、いろんな活動をしてきました。多くの人が全国から来てくれたっていうのも、そうなんですけど、め組JAPANは、本当に素人集団だったんです。
今までそういった、災害系の支援をしたことがある人達が集まったわけでもないし、何かそういった特技があるわけでもなかったので、その時々に自分たちが必要だなって感じたことを、真っ先に実行していました。だから、多くのチームに分かれてやってたんですけど「希望の明かりをともすこと」目的にして、そういった手段を使いながら、やっていました。
みなさんこの写真をみて、何か感じますか。 めっちゃ良い顔してますよね。でもすごい泥だらけなんです。これ、泥出しをしていたチームの写真なんです。肩まで泥になりながら、やってたんです。当時はすごい臭いだったと思うんです。でも、なんでこんな良い笑顔してるのかなって。
被災された家で住もうと思うと、床下まできれいにしないといけないですよね。木が腐っちゃったり、また臭いが出てきたりするので、床下の泥までも出さないといけないんです。床板をはいで、それをやっていくんです。業者さんにお願いすると、何十万というお金がかかっちゃうんです。
ただでさえ大変な思いされているのに、そこから更に、自分の家で住むために、またお金が出ていくというのは、とても大変なことです。だから、自分たちができることを、できる範囲でやろうということで、こういった床下の泥だしも、していました。頭にヘッドライトをつけて、ちりとりで泥を出したりとか、やっていました。
「笑顔」は生きる力だと思うんです
やっている作業はすごく過酷だったと思うんです。その住民さんは、初めほんとに申し訳ないって言ってたんです。「ほんとに、ごめんなさい」って言われていたらしいんです。そんなことまでしてもらって、ほんとごめんね、ごめんねって感じだったらしいんです。
けれど、この人たち、超笑顔でやってるんです。声掛け合いながら。でもそれは、やっぱり、住民さんが、またここで生活ができるように、何か少しでも自分たちにできることをやりたい、ということでやっていたので、それが苦ではなかったんでしょうね。
本当に良い笑顔で、一人一人活動していたと思います。その顔を見ていると、また住民さんが、だんだんと笑顔を取り戻したりするんです。一緒になって作業をしていると、笑いが出てきたり。でもその笑いっていうのが、生きる力だと思うんです。
こういった時だから、笑っちゃいけないとか、そういうんじゃなくて、笑わないと力も出ないと思うんです。ただみんながみんな、こういう状況ではなかったと思うんです。ほんとに大変な作業だったと思うし、でも、自分たちができることっていうので、笑顔を絶やさず、声を掛け合いながら、住民さんと一緒に、家を片付けていくっていうことを当時していました。
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