12.動けば変わることを体験しよう(2013年 め組JAPAN)
東日本大震災の支援活動を終えてから、日本中を行脚して活動報告会を開催している河野さん。め組JAPANのミッションは「一人でも多くの人の心の中に希望の明かりをともすこと」です。ひとりひとりが助け合いを自
東日本大震災の支援活動を終えてから、日本中を行脚して活動報告会を開催している河野さん。め組JAPANのミッションは「一人でも多くの人の心の中に希望の明かりをともすこと」です。ひとりひとりが助け合いを自
東日本大震災の10日後に会社を辞め、め組JAPANで支援活動を始めた河野さん。め組JAPANは、津波に遭い、家も、人もなくなった南浜地区で、ひまわりの花を咲かせるプロジェクトを始めました。かつての住居
東日本大震災の10日後に会社を辞め、ボランティア未経験ながら災害支援活動に参加した河野さん。河野さんが所属していため組JAPANは、石巻で最初に関わった湊小学校で、震災で流れた卒業式を実現するため、学
東日本大震災の10日後に会社を辞めて、め組みJAPANの活動に飛び込んだ河野さん。現地で物資庫のリーダーになったものの、なぜか必要とされている物資が、動かないことに頭を抱えていました。 スタッフたちと
東日本大震災の被害を見て、災害ボランティアの経験もないのに、会社を辞めて被災地へ飛び込んだ河野さん。ボランティア初めて、資格もない、特技もない、それで大丈夫ですかと連絡をしたら、「やれることがあるから
東日本大震災後、石巻へ派遣され災害復興活動に従事したピースボートの小林さん。被災地にある唯一の大学で学ぶ学生たちへ、困難ばかりではなく、特別な人と出会えるチャンスもあるとメッセージを投げかけています。
東日本大震災後、石巻へ派遣され災害復興活動に従事したピースボートの小林さん。東日本大震災で最も多くのボランティアが、石巻を目指して集まったのは、安全に寝泊まりできる環境があったからだそうです。なぜそん
大学を卒業して間もなく被災地で支援活動をしていた西本さん。避難所の聞き取り活動の次は、石巻の避難所でリーダーの人たちのお手伝いをすることになりました。避難所本部の人たちでは手が回らなかった、支援物資の
震災後に関西から石巻へ来て、仮設住宅の支援活動をしていた西本さん。東日本大震災の惨状をテレビで見て、さっそく神戸で募金活動を始めました。そして大学の卒業を待って、現地での災害支援活動に参加します。そこ
震災から2年間、仮設住宅で支援活動をしていた西本さん。東日本大震災は他人ごとではないと言っています。というのも、出身地の高知県は、近い将来、南海トラフ地震が起こるといわれているからです。地図を見るとわ
普段は仙台で若者の社会参加と人材育成を手がけている渡辺さん。東日本大震災でボランティアの活動を裏方として支えていました。県庁ではゴールデンウィークになっても、避難所の実態を把握し切れていません。腰の重
東日本大震災の仮設住宅支援や復興起業家育成に10年間携わってきました。現在は震災復興に関する講座やワークショップを実施しています。ここでは、復興ボランティア学講座の記録をまとめて公開しています。