6.ミサンガが切り開いた可能性

つむぎや

震災前は、漁師の奥さんたちはお金を触ることはなった。ミサンガが売れてお金が貯まってくると、それで何かしようという話しになった。震災前から、漁業では出荷できない魚が結構あった、それを女性たちが上手に料理していたという。そこで、漁師の家庭料理を出す店を始めようという話になり、いろいろ支援を受けて建物を作った。「ぼっぽら食堂」という名前で、最初は食堂にしようしたが、復興工事関係者の人が多かったので、食堂はやめて弁当屋を始めた。

2014年5月20日 つむぎや 友廣裕一 Part6

ミサンガが売れたから夢が実現した

バーッて作って。みんなで集まって作ってるので、売れてくるんですね。売れてきたら貯金通帳にお金が貯まってくるじゃないですか。じゃあほんとにこれから何しようかみたいな話が勝手に毎回行われるんです。今までは何もできないで、「こんなもん売れるわけないっちゃ」みたいな話をしてたんですけど、売れてくると結構リアリティが出てきて、何しようかなみたいな話を毎回するようになりました。

漁師の奥さんたちなので、もともと震災前から、漁業って出荷できない魚とか結構あるんですよ。雑魚と呼ばれる小さい魚とか、変わった魚とか、あと鮎川だと秋鮭漁とか。イクラを取るんです。秋鮭を捕ったらイクラが価値があるんですよ。イクラのあとの身とかは油が落ちてるとかで、すごい商品価値が低くて、特にオスなんてポイポイ、ほんとゴミみたいな扱い、ゴミなんです。捨てちゃったりする。

でも自分ちではみんなおいしく料理してるわけです。マリネしたりとかフレーク作ったりとか。そういうのを振る舞うような店をやってみたいというのはずっと昔から夢だった、みたいな話が出てきて。毎回出てくるんですよ。毎回その話をしてて。

震災前は、女の人たちってお金を触ることはなかったのです。基本お父さんが全部獲ってきたのを手伝って、お父さんが売ってお金が入ってくるから、女の人たちはお金が貯まらないですね。どうやってやったらいいかって分からなくて、結局ポシャってたみたいな話があって。

そんなこんなしてたら結構それなりにミサンガが売れて、お金が貯まって。それだけでは全然足らないんですけど、100万ちょっとぐらいなんですけど、そういうことやってるというのを評価してくれて、アメリカのNPOの人とかが、こういう建物を建てるのを応援しますよ、というのでお金を出してくれて。で、被災したところに小屋を建てたんです。これが2012年の7月末です。

漁師の家庭料理の弁当屋を開業

「ぼっぽら食堂」という名前で、最初は食堂にしようと言ってたんですけど、建物が狭かったりとか、工事関係者の人がいっぱいいるというので、これは「弁当屋さんのほうがいいんじゃないか」ってお弁当屋さんになりました。

今は週6日営業してます。ほんと最初は全然素人のおかあさんたちなんで、直前になって「やっぱりできないかも」みたいなことをすごい言ってたんですけど、いざ蓋を開けたらすごいバンバン作りまくって、すごい今順調に経営してるんです。

「ぼっぽら」って、浜の言葉で「急に」とか「突然」とか「準備なしに」みたいな意味で。僕なんかいつもノーアポで連絡せずにブラッと行くと、「またこいつぼっぽら来やがった」みたいな感じですごい怒られるんですけど、そういう使い方が正しいんです。

なんで「ぼっぽら」かというと、そのおかあさんたちって計画があんまりないんです、いい意味で。漁師の人たちって、漁師の家の人もいるかもしれないですけど、僕は農家さんとかいろいろ接していて思うんですけど、漁師さんはあんまり計画立てないですね。

朝起きて天気見て、「あっ、今日は晴れてる。じゃあ海行こう」とか。海へ行っても潮の加減で臨機応変に変えるわけじゃないですか。捕れたか捕れないかで、その一日のあとのスケジュールが変わるとか、すごく柔軟なんですね。

お弁当屋さんとかやってても、基本同じメニューとか毎日作るの絶対飽きるんですよ。さっきのミサンガを、違うのしか作らないみたいな話があったんですけど、基本あるものを使って料理をしようみたいな感じで始まったんです。余ってる魚とかいろいろもらってきたりするんです。それで作ろうと。

基本はメニュー1個しかない。「ぼっぽら弁当」というんですけど、500円のお弁当1種類しかなくて。でも最初に買う人と、途中で買う人と、最後に買う人のおかずが微妙に違ってたりするんです。

サバは10匹しかない、みたいな。とりあえず20個はサバの弁当作ろうって。次、イワシだ、みたいな感じでメニューが変わっていく。それが面白いんです。買う人は完全に全幅の信頼をおいて買うしかない。「おいしかったよ!」っても何か分からないみたいな、そういうコミュニケーションが生まれて。

売れたから法人化しました

今、おかあさんたちの法人をつくって、一般社団法人マーマメイドっていうんですけど、法人化して、基本おかあさんたちで全部経営を回してます。僕らも一応ちょっとお金のところを触ったりはしてるんですけど、地元の税理士さんとかに、商工会の人に経理とかもやってもらってます。

今は工事関係の人が結構いるんで、そういう人たちが中心に使ってもらっていて、それ以外にも、お弁当屋さんがなくなったんで、地元の郵便局とか商工会とか銀行とかいろんな人が使ってくれています。意外とこれが売上げも良くて、平均2,000食ぐらいは売れてますね。

という感じで、とりあえず自立的に経営しています。これからかさ上げとかがあるんで、店舗を移動しないといけなかったり、どうなるか分からないですけど、毎日ワイワイガヤガヤやってますね。というのがぼっぽら食堂の話です。

動画 Part6(2014年 つむぎや)


やっさん

東日本大震災の仮設住宅支援、復興起業家育成に関わってきました。大学では、震災復興を考える講座やワークショップを実施しています。ここでは、復興ボランティア学講座の記録をまてめて、公開しています。

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やっさん

東日本大震災の仮設住宅支援や復興起業家育成に10年間携わってきました。現在は震災復興に関する講座やワークショップを実施しています。ここでは、復興ボランティア学講座の記録をまとめて公開しています。

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