3.尽きることのない「送迎」(2013年移動支援Rera)

移動支援Rera

2013年7月23日 移動支援Rera 村島弘子 Part3

一人のボランティアとしてReraに参加したはずが、いつのまにか法人代表になってしまった村島さん。送迎支援の朝はとても早く始まります。朝6時半に集合してミーティングを終えたらすぐに出発です。それから夕方まで休む間もなく送迎の繰り返し。雨の日も雪の日もニーズがある限り、Reraは走り続けています。

休む暇なく、とにかく送迎、送迎、送迎

Reraの1日
Reraの1日

私たちの1日をざっと紹介いたしますと、だいたい毎朝6時半頃、みんな集まります。1日で全員が必ず揃うのはこの時間なので、みんなでしっかりとミーティングを行います。

病院の通院の方が多いので、やっぱり朝早い出発があるのは、ずっと変わらずです。点検をして出発をしたら、送迎が始まります。とにかく送迎、送迎、送迎、とにかくひたすら送迎です。連続で行っています。

A地点からB病院まで、送った後で、別の場所C地点に行って、そこからD病院まで行く、病院が終わった方には連絡をもらって、その時に空いている車が向かう、そういうかたちで、暇になるようなことはありません。

パズルみたいな組み合わせで、先ほどの1日70人から100人っていう、デマンド型の送迎っていうのを維持しています。活動が落ちつくのは、日によってバラバラで、3時半から5時半くらい戻ってきた人から、反省会をしながら情報共有をして、1日が終わりっていうのが、私たちの今の活動になっています。

被災者が活動を支えてくれています

ニーズのある限り送迎を続ける
雨でも雪でも走り続ける

私たちの活動っていうのは、とにかく必要とされていた、だから始めたのです。なかなか必要とされなくならないから、終われないっていう、そういうかたちです。とにかく始めにニーズありき、その後もずっとニーズがあり続ける、そういうかたちで、もう雨の日も雪の日も、走り続けています。

とくに人工透析の方などは、週に3回病院に行かないと、命にかかわってしまうというので、アイスバーンで大変な時とか、それからすごい土砂降りで冠水してしまった時とか、とにかく透析の人を時間内に病院に届けなくてはっていうことで、私たちもがんばっています。

私たちの今のスタッフは、ほとんど全員が地元の人間になっています。長期滞在の県外スタッフもいるんですけれども、ほんとにもうずっと1年以上。1年半とか、2年とか関わっているような地元の人間ばっかりで、そのサポーターとして県外からのボランティアの人たちが今でも来てくれています。

自分たちも被災しているんです。前は利用者だった人が、いまは私たちのスタッフをやっています。自分自身も仮設住宅にいたり、大変な思いをしているのに、Reraのスタッフをやめることができない。それは、やりたくないけどやっているという意味ではなくて、やめることができないのです。「どうして自分たちも大変なのに、ボランティアなんてやるんだ」って、本気で叱られたりもするっていう話をしていましたが、それでも続けざるをえないという気持ちで、続けているというのが今の状況です。

やっさん

東日本大震災の仮設住宅支援、復興起業家育成に関わってきました。大学では、震災復興を考える講座やワークショップを実施しています。ここでは、復興ボランティア学講座の記録をまてめて、公開しています。

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やっさん

東日本大震災の仮設住宅支援や復興起業家育成に10年間携わってきました。現在は震災復興に関する講座やワークショップを実施しています。ここでは、復興ボランティア学講座の記録をまとめて公開しています。

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