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2013年7月23日 移動支援Rera 村島弘子 Part2
東日本大震災をきっかけに、ボランティアとしてReraで活動をしているうちに、法人代表になってしまった村島さん。2年間、毎日、休むことなく被災者の移動をしていると、時間ともに変化していく被災者のニーズが、手に取るようにわかるそうです。最初は津波で車を失った人たちばかりでしたが、今は高齢者・ 障害者の送迎が多くなり、当時と状況は変わっているそうです。
毎日休みなく70〜100人の送迎をしています
ざっくりとした活動内容は、先ほど申し上げたかたちになります。福祉車両っていう、車イスごと乗せられる車と、それから普通の一般の乗用車と、あわせてだいたい6台から8台が稼働しています。平日だとメンバーが10名前後くらいで活動をしています。そうやって、私達はずっと活動をしています。
なので、車イスの方もいるし、寝たきりの方もいるし、若い方も、自分で歩ける方、歩けない方、いろんな方がいらっしゃいます。行き先としては、通院が一番多いです。約8割強です。8割以上の方は、だいたい通院希望の方です。高齢者、障害者も、やっぱり8割くらいいらっしゃいます。
一番初めは完全に無償で、送迎を行っていましたが、今は国土交通省の定める無償の範囲内ということで、ガソリン代とか送迎にかかる実費分程度、そういう実費分のお金として、3キロごとに100円を協力費としてお願いして、活動を続けています。利用される方を、私達は「利用者」さんって呼んでいるんですけども、利用者さんたちの中には、そんなちょっとじゃなくても、もっととって、そのかわりにもっと長く続けてほしいっていう声もあります。
被災者ニーズの変化とともに送迎先も変化しました
これまでの活動のざっくりとした実績です。だんだん数字が大きくなりすぎてしまって、かえってわかりにくいっていうふうに言われているですけれども。活動を開始した後、データとしてとつけるようになったのが、平成23年5月以降です。
平成23年の5月から、25年度末までの間で、全部で延べ人数4万人以上、4万1千人の送迎を行ってきています。だいたい一日にならして、70人から100人くらい。1ヶ月に1600人以上の送迎を、スタッフ10人でこなしているっていうのは、交通の専門家の方にも、かなり驚かれるような数字です。
ずっと初めからやっているので、ニーズの変化も、一緒についてくる感じになっています。一番最初の頃は、もう介護保険とか、もうそういうレベルではなくて、どこに誰がいるのかわからなかったり、ケアマネージャーさん自身が、お亡くなりになられていたり、そういう状況の時でした。
とにかく2カ月も、3カ月、お風呂に入れないまま、避難所で寝たきりのおばあちゃんがいるとか、そういう情報を聞きましたら、私たちのほうで、お風呂の入浴介助付きの送迎っていうのを行っていました。あとは、自衛隊の仮設風呂とか、そういう送迎がけっこうありました。
そのうち、コインランドリーとか、あとは仮埋葬で土葬されていた方たちの火葬が始まった時期からは、もうほんとに毎日のように火葬場とかお葬式とか、そういう送迎が続いていました。
あとは被災した自宅に戻って、お片付けをしながら避難所から自宅に通って、最終的に、避難所から自宅に引っ越すっていう、という方もいたりとかしました。そのうち半年くらいのところで、避難所が閉鎖ということで、引っ越しラッシュがはじまりました。
避難所が閉鎖になったら、私たちのつなぎ支援のようなものは、必要なくなるんじゃないかってずっと思っていました。ところが避難所は、まだ街中の小学校だったけど、仮設住宅に入ったら、もうとんでもない田舎になってしまって、バスも全然通っていなかったり、通っていても乗れないようなお年寄りだったりとか、そういう今までは必要なかった人の送迎依頼っていうものが増えてきて、今に至る状況になっています。
利用者層っていうのも、最初の頃は、車を流されたすべての人たちでしたが、車を自分で買うようになってきて、気がついたら、車があっても乗れないっていう利用者さんが増えてきました。それでさきほどの、高齢者・障害者が約8割っていう状況に、今はなっています。
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