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2013年4月23日 みらいサポート石巻 中川政治 Part17
東日本大震災で大きな被害を受けた石巻ですが、他の被災地と違うのは、そこに大学があることです。これから復興に向かっていく石巻では、大学生ができることがまだまだあります。これからは、地域のために少しでも動くことがボランティアに求められています。
若い力が継続的に地域に関わる伝統をつくろう
もう最後に近いんですけども、専修大学生とか、石巻市民の誰でも参加できそうなボランティアというのを考えてみました。実は「石巻うらやましいよね」っていうふうに言われたことがあります。何でかって聞いたら、石巻専修大学っていう大学があるでしょって言われました。
南三陸にも気仙沼にも大学はないです。岩手の被災地でも、大学があるところは少ないです。もちろん仙台にはありますけれど。そんな中で石巻専修大学に求められてるものって、大学生がいるっていうことです。
例えば、地元のイベントサポートです。ボランティアが川開き祭りを手伝っていましたって話をしたと思います。こういうような形で手伝ったんですけれども、これ結構な人が外からやってきました。川開き祭りは毎年10万人以上も来る石巻唯一のイベントなんですけど、これをわざわざ外の大学生とか、他県の神奈川や京都や、関西から来た人が一生懸命石巻の方の鎮魂のために手伝ってるっていうのが現状です。
なのでやっぱり今年とか来年とか、あるいは今後5年、10年と、こういう手伝いを専修大学の学生にずっとやっていって欲しいです。京都三大祭りに京都祇園祭っていうお祭りがあるんですけど、僕も大学の時代のとき、ここの部所は私たちの部活が手伝うっていう伝統があったのです。
何年も先輩から受け継いできた伝統があったんですけども、そんなのを専修大学生のみなさんが、これはずっとうちでやるんだみたいなことになると、すごくいいのになと思います。そうしたら、わざわざ東京などから川開き祭りは手伝いますよ、みたいな人がいなくたって、ずっと地域でやっていけます。
震災を語り伝えることも若者に求められています
あるいは震災記録伝承とか防災の協力もあります。皆さんはここにいると分からないですけれども、震災の記録を残していくというのは、全体の財産だと思うんです。津波が6メートルだったりとか、長さ20メートルとかというのが来る体験というのは、被災した人にしか分からないような体験です。その子供の世代とかもう語れないんです。
あのとき、みんながどういうふうに動いたとか、あのときどんなふうに困ったとか、石巻の人じゃなくても、その後こっちに来てどんな体験だったのかっていうのは、その場にいた人にしかわかりません。そんな話を語るとか、知り合いに語るでもいいです。
例えば震災の資料とか震災記録の収集もやっていかなきゃなとか考えているんですけど、やっぱり人手がいなくてなかなかできない。コツコツと日和山からの写真とかを撮り溜めている人もいますけど、自分の家の近くで解体されて新しいビルが建ったりみたいな経過をどんどん撮っていく。そういうコツコツした大学の勉強に近いような活動が、石巻ではすごく求められています。
あるいは長期インターン。街づくりへの参画と書いてあります。何かボランティアをしたいっていうことを、誰かに話せばいいんだと思うんです。南三陸にも、気仙沼にも大学はなくて、石巻にだけあります。やっぱり大学生には、何か企画を実行する力があると思います。サークル活動もありますし部活動もありますし、そういう方たちで何年も引き継いでいける素地が大学の強さなんです。
ボランティアを何10時間かやったら単位になると聞きましたが、単位もらうためにボランティアするっていうよりも、自分がこの町のために何かしなきゃなっていう思いで、活動をしてくれる人が1人でも増えたらいいと思っています。
「次はあなたの番」と書いてありますけれども、皆さん自身1人1人今日の話で、ちょっと俺はこれできるかもとか、遠くから来られている方々は地元の親とか高校の頃の同級生相手でもいいので、こんなことを石巻でやってみないかとか語りかけてもらうだけでもいいので、少しでもそういったことを動いてもらえると、1歩ボランティアに近づくのかというふうに思います。
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